職場での何気ない言葉づかいが、裁判所から「セクハラ」と認定される時代になりました。
東京地裁は10月23日、佐川急便の営業所に勤務していた女性が、元同僚の男性から「〇〇ちゃん」と呼ばれるなどの言動を受けたとして提訴した訴訟で、「許容される限度を超えた違法なハラスメント」と判断。男性に対して22万円の支払いを命じました。
この判決は、職場における“フレンドリーな呼称”の扱いをめぐって注目を集めています。
■「かわいい」「体形良いよね」…職場の軽口が一線を越えた
判決によると、女性は東京都内の営業所で2020年ごろから勤務。年上の男性社員からたびたび「〇〇ちゃん」と呼ばれたほか、「かわいいね」「体形良いよね」といった発言も受けていました。
こうした言動が続いた結果、女性は2021年にうつ病と診断され、その後退職。男性社員は会社から厳重注意を受けています。
裁判を担当した田原慎士裁判官は、「“ちゃん付け”は幼い子どもや親しい間柄で使う呼称であり、業務で用いる必要はない」と述べ、呼び方そのものに業務上の正当性がないと指摘しました。
そのうえで、職場という上下関係のある場で一方的に用いることは、相手の尊厳を損なうおそれがあるとし、違法なハラスメントにあたると結論づけました。
■慰謝料550万円請求のうち22万円が認定
女性は当初、精神的苦痛などを理由に約550万円の慰謝料を求めていましたが、東京地裁はその一部、22万円を認めました。
「22万円」という金額は決して大きいとは言えませんが、「呼び方」や「言葉づかい」が法的に問題とされたこと自体が画期的だといえます。
これまで、セクハラ訴訟は身体的接触や性的発言などが争点となることが多く、呼称や日常的な言葉だけを根拠とするケースは少数でした。今回の判決は、「親しさ」を理由に職場での礼儀を緩める風潮に、一石を投じるものとなりました。
■SNSでも議論に「え、ちゃん付けもアウトなの?」
このニュースが報じられると、SNSではさまざまな意見が飛び交いました。
「“ちゃん付け”で呼ばれたくない人もいるし、当然では?」
「悪意がなくてもセクハラになるのか。怖い世の中になった」
「呼び方ひとつで裁判になるなんて、職場の空気どうなるんだろう」
特にX(旧Twitter)では、“セクハラの線引き”について多くのユーザーが意見を交わしています。
ある女性は「“ちゃん”や“くん”で呼ばれると、どうしても上下関係を感じてしまう」と投稿。
一方で、「みんながさん付けだと距離がありすぎる」という声もあり、職場の呼称文化をめぐる議論は今も続いています。
■職場文化の“フレンドリー”が通じない時代
「〇〇ちゃん」と呼ぶ行為は、日本では長年、親しみや仲の良さを示す表現として使われてきました。
特に職場やアルバイト先などでは、年上の男性社員が若い女性をそう呼ぶケースが多く見られました。
しかし近年では、こうした呼称が「対等な関係を損なう」「性的なニュアンスを感じる」といった理由から、問題視されるようになっています。
企業のハラスメント研修でも、「呼び方のルール」を明確にする動きが増えています。
ある人事コンサルタントは、「“ちゃん付け”や“くん付け”は、職場内の上下関係や年齢差があるときには避けるのが基本。意図がなくても相手が不快に感じた時点で、ハラスメントと判断される可能性がある」と指摘します。
■佐川急便側の対応と、企業に求められる意識改革
今回の裁判で名指しされたのは、宅配大手の佐川急便。
男性社員個人が訴えられましたが、会社としても再発防止を徹底する方針を示しています。
佐川急便では近年、社員教育やコンプライアンス研修の強化を進めていますが、現場の職場文化までは完全に統一されていないのが実情です。
今回の判決を受け、同社内では「ちょっとした言葉づかいも見直そう」という意識が広がっているといいます。
■「悪意がなくてもダメ」――今後求められる職場のルール
今回の裁判が示したのは、「悪意がなくてもセクハラになる」という現実です。
たとえ軽い冗談や親しみのつもりであっても、相手が苦痛を感じたならば、それはハラスメントとみなされる時代になりました。
職場では、「呼び方」だけでなく「話しかけ方」「褒め方」にも注意が必要です。
“かわいい”“似合う”といった一言も、相手の受け取り方次第ではセクハラに該当します。
SNSでは「世知辛い」と感じる声もありますが、背景には“職場で傷つく人を減らしたい”という社会全体の願いがあります。
裁判所の判断は、その方向を象徴するものと言えるでしょう。
■まとめ:「〇〇ちゃん」は親しみ?それとも支配?
たった一言の呼び方が、人を傷つけ、裁判沙汰になる。
“ちゃん付け”が問題になるのは、そこに無意識の上下関係や性別意識が潜んでいるからかもしれません。
これまでの日本社会では「親しみの証」とされてきた文化が、今、変わろうとしています。
私たちはその変化を“言葉のマナーの進化”ととらえ、互いを尊重する新しいコミュニケーションを模索する時期に来ているのではないでしょうか。
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