島根県の乳業メーカー・木次乳業が販売する牛乳パックに記載されている「赤ちゃんにはなるべく母乳を」という文言が、SNSを中心に大きな議論を呼んでいます。約50年間にわたり変わらず印刷され続けてきた一文は、時代の変化とともにその受け止められ方も大きく揺れ動いています。
一見すると母乳の自然さを称賛するシンプルな表現ですが、現代においては「母乳が出ない母親への配慮に欠ける」との批判や、「授乳ハラスメント」とも受け取られかねないとの声が出ています。
木次乳業とはどんな会社か
木次乳業は1953年に創業した島根県雲南市の老舗乳業メーカーです。日本でいち早く有機農業や自然酪農に取り組み、化学肥料や農薬を極力排した牧草で育てられた牛の生乳を使った乳製品を製造してきました。
大手メーカーが全国規模で大量生産を行うなか、木次乳業は「地域に根ざした安心安全の牛乳」をモットーに経営を続け、牛乳のほかアイスクリームやチーズなどの商品も展開しています。
こうした“自然志向”を打ち出す中で生まれたのが、牛乳パックの広告欄に記載された「母乳推奨」の一文です。
なぜ「母乳を推奨」する文言が書かれたのか
現在問題となっているのは、牛乳パックに記された次の一文です。
「お母さんがたへ、赤ちゃんにはなるべくあなたの母乳を差し上げて下さい」
木次乳業の佐藤毅史社長は取材に対し、「自然からの恵みが最良であると考えており、その一例として母乳を挙げた」と説明しました。
つまり、母乳を推奨するのは牛乳の価値を下げる意図ではなく、「人間にとって自然由来のものが最も望ましい」という企業理念を示す象徴的な言葉でした。
SNSで巻き起こった賛否の声
しかしこの表現がSNSで紹介されると、様々な意見が飛び交いました。
批判的な声
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「母乳が出ない母親を追い詰める」
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「時代遅れの表現。授乳ハラスメントにつながる」
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「母親にだけ責任を押し付けるように感じる」
擁護する声
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「地域で長年愛されてきた企業理念を理解すべき」
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「母乳を否定しているわけではない。むしろ自然を大切にする考え方」
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「これで不買するのは行き過ぎでは」
意見は真っ二つに分かれ、商品そのものの価値よりも、文言の是非が注目を集める結果となりました。
「母乳vs粉ミルク」論争の歴史的背景
この議論の背景には、長年続いてきた「母乳か粉ミルクか」をめぐる社会的論争があります。
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戦後~高度経済成長期
栄養不足が問題となる中、粉ミルクは手軽で安全な代替栄養源として普及しました。 -
1970年代以降
WHO(世界保健機関)が「母乳の優位性」を訴え、母乳推進キャンペーンを展開。母乳育児が再評価されました。 -
現代
母乳神話が強調されすぎた結果、母乳が出ない女性や仕事との両立を選んだ母親が「母乳じゃないとダメなのか」と追い詰められるケースも発生。これが「授乳ハラスメント」として問題視されるようになりました。
つまり、木次乳業の広告文言は1970年代の「母乳推奨の流れ」の中で自然に生まれたものですが、現代ではそのまま通用しない状況になっているのです。
消費者のリアルな声
街頭インタビューでは世代ごとに違う反応が見られました。
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50代女性:「母乳で育てられなかった経験があるので、文言にプレッシャーを感じる」
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30代女性:「時代にそぐわない」
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60代女性:「粉ミルクがあるから切り替えれば良い。企業の理念は理解できる」
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20代女性:「産後の母親は心が敏感。傷つく人もいるので配慮が必要」
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50代男性:「地元の人が長年愛してきた商品。そこまで批判しなくても良い」
共通していたのは、「言葉の選び方一つで、消費者の受け止め方が大きく変わる」という点でした。
社長の謝罪と今後の対応
佐藤社長は「不快に思われた方々には大変申し訳なく思う」と謝罪。加えて「時代に合わせた表現方法を検討している」と語り、パッケージの見直しを示唆しました。
この対応については「誠実だ」という評価と、「結局企業理念を曲げてしまうのか」という懸念の両方が寄せられています。
まとめ:企業理念と時代性のはざまで
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木次乳業の牛乳パックに50年間記載されてきた「母乳推奨」の文言が議論に
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背景には「食の安全」を重視してきた企業理念がある
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しかし現代では「配慮に欠ける」との批判も多く、授乳ハラスメントとの指摘も
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社長は謝罪し、表現の見直しを検討中
今回の議論は、一企業の広告表記を超え、社会が「母乳と粉ミルクのどちらも尊重する時代」に移行する過程を象徴しているとも言えます。
木次乳業が最終的にどのような判断を下すのかはまだ不明ですが、その決断は消費者にとっても、日本社会の子育てをめぐる価値観にとっても大きな意味を持つでしょう。