「住宅ローン=35年」という時代が、静かに終わりを迎えようとしています。
いま、20代・30代を中心に、返済期間が50年の超長期ローンを選ぶ人が増えています。
背景には、建築費の上昇と物価高騰、そして「家を持つことが夢ではなく計算になる時代」への変化があります。
北海道でいち早く始まった動きが、全国の住宅市場を揺るがせています。
■ 住宅価格の高騰が止まらない現実
不動産情報サイト「アットホーム」の調査によると、北海道の新築戸建て平均価格(土地込み)は、2017年の2738万円から2025年には3647万円へと上昇。
わずか8年で約900万円もの値上がりを記録しています。
この傾向は北海道だけでなく全国共通で、東京都や神奈川県では新築戸建ての平均価格が7000万円台に達する地域もあります。
建築資材の高騰、職人不足、円安による輸入コスト増などが重なり、家を「建てるハードル」は年々高まっています。
そんな中、住宅ローン市場に登場したのが「返済期間50年」という新たな選択肢です。
■ 北洋銀行が導入、若年層中心に利用拡大
北海道札幌市に本店を置く北洋銀行は、2025年4月から新築戸建て向けの住宅ローンで最長50年返済を導入しました。
もともとマンション向けでは2024年から始めており、需要拡大を受けて範囲を広げた形です。
北洋銀行ローン統括部の尾崎真理さんは、その狙いをこう語ります。
「住宅金利の上昇と価格高騰によって市況が冷え込み始めていました。
返済期間を延ばすことで、毎月の返済負担を軽くし、住宅取得の意欲を取り戻してもらいたいと考えました。」
同行では、完済年齢が82歳までという条件を設けていますが、50年ローンを選ぶ利用者はすでに全体の約6%。
「35年返済」が当たり前だった時代に比べ、顧客の意識が大きく変わりつつあります。
銀行側にとっても、若い世代の長期顧客を確保できるというメリットがあります。
「住宅ローンは家計のメイン取引。長期間、給与振込やカード利用、保険なども含めた“生涯顧客”になっていただける」と尾崎さんは話します。
■ 若者世代「月々の支払いを抑えたい」現実的な選択
実際に住宅購入を検討する20〜30代の声を拾うと、「50年」という数字は“重さ”よりも“安心”に聞こえるようです。
「正直、総返済額が増えるのはわかっています。でも月の返済が3万円下がるなら、生活に余裕ができます」(30代男性・札幌市)
「子どもがまだ小さい。教育費とローンが重なる時期を避けたいので、期間を伸ばして負担を分散しました」(20代後半・新婚女性)
物価高・教育費・車の維持費…。
多くの家庭で“毎月のキャッシュフロー”を優先する動きが広がっており、50年ローンは「計算された現実主義」の象徴になっています。
■ ハウスメーカーも追随 「買えない人を減らす」戦略
住宅メーカーの側もこの潮流を歓迎しています。
大手ハウスメーカーの担当者はこう話します。
「建築費が上がっても、支払期間を伸ばすことで“月々9万円台から”という広告を打てる。
若年層にとって購入のハードルが下がるのは事実です。」
ただし、50年ローンを前提に設計を進めると、**“次世代まで引き継ぐ家づくり”**が前提になります。
長寿命化を意識した高耐久素材やリフォーム性の高い構造が重視され、家そのものの価値のあり方も変わりつつあります。
■ ファイナンシャルプランナーは「冷静な判断を」
一方で、専門家は冷静な視点を求めます。
札幌市内のファイナンシャルプランナー(FP)・三浦沙織さんはこう警鐘を鳴らします。
「50年ローンは、月々の支払いを抑えられる一方で、総返済額が35年ローンよりも大幅に増える点を忘れてはいけません。
たとえば3000万円を金利1.5%で借りた場合、35年では約3700万円、50年では約4300万円。
約600万円もの差が出るケースもあります。」
また、将来的に繰上げ返済や売却を考える際、長期ローンがネックになる可能性も指摘されています。
「“50年=一生もの”という意識を持たず、ライフイベントごとに柔軟に見直すことが重要です」と三浦さん。
■ 35年ローンの終焉? “ローン寿命”が変える日本の家計観
かつて「35年ローン」は“人生最大の買い物”の代名詞でした。
しかし、令和の時代、物価・雇用・家族構成の変化により、**「住宅ローン=ライフデザインの一部」**という考え方に変わりつつあります。
50年ローンを選ぶ人々は、決して“無謀な借り入れ”をしているわけではありません。
むしろ、将来の収入見通しや支出構造を計算し、「いまを犠牲にしない暮らし方」を選んでいるのです。
金融機関もハウスメーカーも、その“現実的な夢の形”を支える方向へと舵を切っています。
■ 「家は資産」から「家は生活の場」へ
高度経済成長期、家は「資産」でした。
しかし今、人口減少と中古市場の拡大により、住宅の価値は“資産”よりも“暮らし”を重視する方向に移っています。
50年ローンの登場は、その象徴です。
“持ち家=投資”ではなく、“住む場所=安定”を求める価値観の表れといえるでしょう。
北洋銀行の尾崎さんはこう締めくくります。
「長期返済が当たり前になることで、“マイホームを諦めない世代”を増やしたい。
そのためにも、安心して長く返せる制度設計が重要です。」
■ 結論:50年ローンは“無理”ではなく“選択肢”
住宅ローン50年という言葉にはインパクトがありますが、それは“異常”ではなく“時代の自然な流れ”ともいえます。
物価高と不安定な雇用環境の中で、人生100年時代を見据えた「柔軟な住宅ローン」が求められているのです。
35年という固定観念にとらわれず、「いま」と「将来」を両立させる賢い選択――それが、50年ローンという新しい現実なのかもしれません。

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