2024年1月に羽田空港で起きた日本航空(JAL)機と海上保安庁機の衝突事故。その原因究明が進む中、運輸安全委員会が2025年3月、愛知県の中部空港で「異例の実機による再現実験」を行っていたことが分かりました。
これまで航空事故の検証では、シミュレーターを中心に再現が試みられるのが一般的です。しかし今回の事故調査では、実際の航空機を複数同時に動かす大規模な実験が必要と判断されました。この記事では、
・なぜ再現実験が必要だったのか
・どのような方法で行われたのか
を中心に解説していきます。
■ なぜ再現実験を行ったのか?
最大の理由は、
「JAL機のパイロットが海保機を衝突直前まで認識できなかった」
とされる問題の真相解明のためです。
運輸安全委員会が公表した経過報告書では、パイロットが視認できなかった要因の一つとして、
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海保機の衝突防止灯(白色)
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滑走路中心線灯(白色)
この2つの灯火の“色の一致”によって、後方から見た際に海保機が滑走路の光に紛れ込んだ可能性が指摘されていました。
しかし、この仮説はシミュレーターでは完全に検証できないという課題がありました。
灯火の見え方は、
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機体の位置
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気象条件
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実機の灯火の光量
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滑走路の反射
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パイロットの視野角
など細かい要因で大きく変わります。
つまり、
「本物の機体と実際の灯火を使わないと、事故当時の“視界”を正確に再現できない」
という判断に至ったわけです。
このため、事故と同型の海保機や国交省の飛行検査機を投入し、夜間の滑走路で“本番に可能な限り近い条件”を作り出す必要がありました。
■ 再現実験はどのように行われたのか?
関係者によると、再現実験は以下のような手順で実施されました。
● ① 海保機(事故機と同型)を滑走路上に停止させる
事故当時と同じ「ボンバルディア300型」の海保機を滑走路に配置。
これは、実際にJAL機の視界の中でどう見えたのかを再現するための重要なポイントです。
● ② 国交省の飛行検査機「チェックスター」が着陸進入
着陸を試みたのは、国土交通省が運用する飛行検査機「チェックスター」。
この機体が事故時のJAL516便の役割を担い、海保機に向かって着陸進入を繰り返しました。
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着陸アプローチ
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接近
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ゴーアラウンド(着陸復行)
これを複数回行い、さまざまな角度・距離で海保機がどのように見えるかを記録したとみられます。
● ③ JAXAのヘリが別角度から撮影・検証
宇宙航空研究開発機構(JAXA)のヘリコプターも参加し、地上・上空・横方向など、複数の視点から灯火の見え方を撮影。
事故調査では、「パイロット視点だけでなく、第三者の視点からの光環境の分析」が重要になるため、航空専門機関が協力する“異例の体制”が採られました。
● ④ 夜間の実灯火をそのまま使用
滑走路の灯火は実際の空港運用時と同じ設定にし、光の反射・明るさ・灯火の重なり方を事故当時に寄せる形で再現。
これにより、
「灯火が白色同士で重なり、海保機の存在が見えづらくなったのか」
を実機ベースで確認できるようにしています。
■ 実験が“異例”と言われる理由
今回の再現実験は、航空事故調査の中でも特に珍しいものでした。その理由は次の通りです。
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実機を複数同時に投入するケースは非常に少ない
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海保機・国交省機・JAXAヘリという省庁横断の協力
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滑走路を広範囲に専用確保する必要がある
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夜間条件を細かく調整する必要があった
これほどの規模の再現実験は、過去の国内の航空事故調査でもほとんど例がありません。
事故調査として、
“可能な限り実際の状況に近づけたい”という強い意志の表れ
とも言える動きです。
■ 今後は最終報告書へ反映
運輸安全委員会は今後、
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関係者への意見聴取
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収集された映像の専門家解析
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灯火の配置や色の安全性の検討
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管制手順や通信記録との照合
などを行い、最終報告書にまとめる見通しです。
灯火の色の問題だけでなく、
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管制の許可の伝わり方
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海保機側の判断
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JAL機側の視認性低下
など複数の要因が絡む可能性があるため、慎重な検証が続くとみられます。
■ まとめ
今回の再現実験は、
「なぜJAL機のパイロットは海保機を認識できなかったのか」
という核心に迫るために、実機を使って視界を検証する必要があったからこそ行われました。
実際の灯火・実際の航空機・実際の進入角度。
机上の検証やシミュレーターでは再現しきれない部分を補うため、異例の大規模実験が必要だったのです。

