連日、テレビやネットを賑わせるクマ被害のニュース。環境省のデータを見ても、今年の被害件数は過去最悪ペースで推移しており、私たちの日常に恐怖が忍び寄っているのは事実です。
しかし、そんな過熱する報道に、「待った」をかける一人の人物がいます。俳優であり、自ら猟師免許を持ち、日常的に山に入っている東出昌大さんです。
東出さんは、猟師としての「現場の肌感覚」から、現在のクマ報道に対する違和感を持ち、「クマはそんなに危ないもんじゃない」と語ります。
本記事では、東出さんの寄稿文に基づき、なぜ報道が過熱するのかという現代社会の心理と、クマの出没を招く日本の猟師が抱える深刻な構造的問題について、深く掘り下げていきます。
😫 クマ報道はなぜ過熱するのか?猟師が見るメディアの思惑
東出さんの寄稿文で最も鋭い指摘は、現在のクマ騒動が、実態以上にメディアによって増幅されているという点です。
1. 「危ない!」を求めるメディアの体質
東出さんは、メディアが取材を依頼してきても断る理由を以下のように語ります。
「メディアは『危ない!』『死のリスク!』などの言葉を拾い歩きたいという前提があるから、私の実感が伴う『そんな危ないもんじゃないですよ』というお答えは編集部にとって快く思われないことも分かっている。」
山を日常的に歩く猟師の感覚では、クマに出会うことは「滅多にない」ことです。しかし、報道側は「恐怖」や「危険」を煽ることで「数字(視聴率やPV)」が取れることを知っているため、客観的な事実よりも恐怖の物語を優先してしまう傾向があるのです。
2. クマの「恐怖」が現代人に刺さる理由
東出さんは、メディアが喧伝しない別の死亡原因と比較し、クマ報道の過熱を指摘しています。
例年、交通事故の死亡者は2000人超え、自殺者は2万人超えという深刻な数字があるにもかかわらず、メディアがこれを大声で喧伝しても「大衆は諦観交じりの無関心を決め込む」と東出さんは分析します。
一方でクマは、「噛まれたら痛そう」「人間が喰われて血みどろになる」など、残忍な恐怖を想像する作業が容易です。
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交通事故:便利さという代償として受け入れられている。
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自殺:社会の問題として諦観が混じる。
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クマ:理不尽で原始的な恐怖を呼び起こすため、死の実感が希薄な現代人には強烈に刺さるのです。
東出さんは、クマ騒ぎの源泉を、「クマが危険」という話ではなく、「何某かを仮想敵とし、吊し上げる対象を見つけたいという欲求を抱えた現代日本人の心ありよう」にあるのではないか、と結びつけます。
🏔️ 猟師・東出昌大が指摘するクマ出没の構造的要因2点
東出さんは、メディアの過熱報道を批判しつつも、「クマが人目につきやすくなった原因」が構造的に存在することを認め、以下の2点を指摘しています。
1. 山の木の実(堅果類)の不作
これは比較的報道されることの多い原因です。ブナなどの木の実が不作になると、クマは十分な冬眠前の栄養を蓄えることができず、人里に降りてきて柿などの果実や生ゴミを漁るようになります。これが目撃情報増加の直接的な引き金の一つです。
2. 深刻な「猟師の高齢化」
東出さんが最も注目すべき問題として挙げているのが、猟師の高齢化です。環境省の発表では、狩猟免許所持者の70%が60代以上となっており、猟友会では70代、80代が現役という状況も珍しくありません。
この高齢化が、クマの出没を間接的に助長しているというのです。
❌ 違法行為の温床となる「流し猟」と獲物の遺棄
高齢化が進むことで、猟師の狩猟方法に変化が生じ、それが環境に影響を与えています。
| 猟師の行動 | 環境への影響 | 法律上の問題 |
| 山を歩けず車移動 | 「流し猟」が主流となる(道路脇の鹿を撃つ) | 車内からの発砲は原則違法 |
| 罠の見回りが楽な場所を選ぶ | 道路から見える範囲に罠を仕掛ける | 特定の場所への集中 |
| 獲物(鹿など)を運び出せない | 死体を道路脇に放置する | 獲物の遺棄は違法 |
体重60kgを超える鹿を、高齢の猟師が一人で軽トラックの荷台に載せるのは困難です。東出さんは、仲の良い猟師たちが「暗黙の了解」で獲物を遺棄せざるを得ない現実を告白しています。
🐗 なぜ獲物の遺棄がクマの出没に繋がるのか
道路脇に放置された鹿の死骸は、クマにとって手軽な「餌」となります。
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クマは人里に近い場所で餌を容易に獲得できることを学習します。
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人への警戒心が薄れ、人里への出没が常態化します。
東出さんは、法律違反であると知りながらも「じゃないと駆除が追っつかない現実もある」と、猟師側の苦しい事情も理解を示しています。しかし、この獲物の遺棄がクマを人里に引きつける一因となっていることは明白です。
🙏 東出昌大が込めた願い:若い猟師よ、山へ
東出さんは寄稿の最後に、現在のクマ問題の解決と、山の環境改善に向けた切実な願いを込めています。
「クマがこれ以上迫害されない為に、捨てられる鹿の生命を減らす為に、ちゃんと獲物を持って帰れる若い猟師が増えてほしい。」
猟師の仕事は、単に有害鳥獣を駆除することだけではありません。それは、自然のバランスを保ち、人里の安全を守る「環境保全」の重要な役割を担っています。
重い獲物を運ぶ体力、広範囲を歩き回る気力、そして何よりも自然に対する敬意を持って狩猟を行える若い力が、今の日本の山には必要とされているのです。
東出さんの言葉は、殺生をする日々の中でも、「誰が為にか書く」という強い使命感と、山の生き物と人間の生命が良い方向に向かうことへの願いが込められています。
猟師・東出昌大の告白は、単なるクマの危険性を問うものではなく、私たち現代人が目を背けてきた「自然と社会の構造的な歪み」を突きつける、重いメッセージなのです。


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